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    <title>アサマdeドットコム</title>
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    <description>信州のスローでアートな田舎暮らし応援サイト・東信州より情報発信中！！</description>
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      <title>古里を思ふ「でこぼこ道」</title>
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      <description>「コミュニティテレビこもろ」制作の番組「紡ぐ〜平成２０年健速神社祇園例大祭」で私の「でこぼこ道」が流れます♪小諸市のイベントを中心に、番組制作をする地元メディア「コミュニティテレビこもろ」さん。6〜7年前でしょうか、小諸市のとあるログハウスでのライブイベントがありました。そこで歌った「でこぼこ道」を、収録のカメラマンが覚えていてくれたところから始まったご縁です。1000年の歴史をもつ小諸の祇園祭までを、カメラが追い続けるドキュメント番組はお盆に放送されます。お盆の間、9回放送されるとあれば古里へ帰省する方たちはきっと一度は目にするであろう番組です。今年はアルバム榛「hashibami」に収録されている「でこぼこ道」が流れるとあって、私もとても楽しみにしています。でこぼこ道は、田舎へ帰ろうというメッセージを含んだ歌。初夏。カキツバタの絵はがきと”元気ですか”の文字。砂利道、湧き水、青い稲を揺らす夕暮れ時の風。初夏、町を離れたあの日。たった一枚のハガキが主人公の古里への扉をノックします。2コーラス目に初恋のフレーズがあるのですが、私にとって、初恋と古里の扉は同じ時間軸に存在します。初恋のフレーズは古里への思いの深さ、そして初恋という名の一瞬の風のごとく吹き去る甘酸っぱいりんごの香りのする風。田舎に生まれ、田舎で暮らしていると、都会はまるで砂漠の中のオアシス。砂漠に吹いた風が砂の形を変えるように、変化する町は魅力的です。洗練されたそれらを羨望のまなざしで眺めながら、いつの間にか慣れ親しんでゆく都会。高いビルディングの中で行き交う人や物は都会という名の模様になって、いつか自分もその模様に埋め込まれたいと、思ったものです。都会の模様に慣れ親しんだころ、「古里」の響きが妙にみずみずしく生き生きと感じられる日がやってきます。湧き水のように溢れてくる「古里」への思い。りんごの香り。落ち込み、這い上がり、鼻水垂らして泣いて、少しばかり立ち直ったと油断したところを転んで・・。だから古里へ帰ろう！というような事を歌いたかったわけではありません。普通に生活している人の、もともと心に流れていた古里の川の流れを、一枚のハガキが呼び起こす時なのであって。古里は固定された場所ではないのかもしれません。ある時は川の流れのように留まることのないものであってもいいと思います。古里は遠いと感じる人へ、そして心の拠り所としての古里を探している人へ、古里と同じくらい大切な人へ、「でこぼこ道」が、あなたの古里へ続く扉をノックできたら嬉しいです。///////////////////////////////////////////////////////////////////////番組名：「紡ぐ〜平成２０年健速神社祇園例大祭」放送日：８月１３日（水）　１８時３０分〜&amp;#8232;再放送：８月１３日（水）　２０時３０分〜、２３時〜&amp;#8232;　　　　　　１４日（木） ６時３０分・８時３０分・１０時３０分・１２時３０分・１４時３０分・１６時３０分http://www.ctk23.ne.jp/</description>
      <pubDate>Wed, 30 Jul 2008 10:26:53 +0900</pubDate>
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      <title>キャンドルナイトの一夜をご一緒に&#9836;</title>
      <link>http://asama-de.com/modules/weblog0/details.php?blog_id=34</link>
      <description>「キャンドルナイト」は「アースデイ」と共に全国的にひろがり、テレビのニュースでも取り上げられるほどです。一番最初に始めた人たちは今になってどんなことを思っているのかな。ふと、そんなことを考えたりします。私が初めてキャンドルの灯りに惹かれたのは、フィンランド人の及川リーッタさんと出会った時です。手作りのキャンドルの灯りをじっと見ているだけで、優しい気分になります。その灯りに映し出された家族や友達の顔はとても柔らかな表情で、言葉や仕草まで、いつもと違ってくるような感じ。今年は映画「六ヶ所村ラブソディー」を観たこともあって、キャンドルナイトは特別な気がします。私はこの映画を観る前も、観た後も、電気を使わない生活を求めているわけではありません。電気がなければ無理に決まってる・・と開き直ってもいません。今、出来ることは何か、です。私に出来ること、家族で出来ること、地域でできること、仲間でできること。物事にはいいと思うことでも、その反面にはマイナス部分もあるものです。良いことだと信じて、半ば強引に話をした後で、相手の反応に「しまった」と感じたことはありませんか？私は経験があります。私のキャンドルナイトのイロハは、イ）キャンドルナイトは、夕食に使う電気やガスを止めて、むぎ草さんでいただきます。ロ）電気を消して家を出て、むぎ草さんで和ろうそくで過ごします。ハ）その日の出会いに感謝します。エコや環境をアピールするライブというよりは、リーッタさんのログハウスで感じた、あの柔らかな時間を過ごすことの方が、人の心に灯す炎は大きいと思うのです。歌う自分が言うのも何ですが、キャンドルナイトに言葉は必要ないと思うのです。</description>
      <pubDate>Sat, 24 May 2008 10:03:15 +0900</pubDate>
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      <title>「坂口由起子ダダルカ」の楽しみ方</title>
      <link>http://asama-de.com/modules/weblog0/details.php?blog_id=33</link>
      <description>みなさん、お元気ですか。気持ちのよい季節になってきましたね。窓を開ける気持ちよさが、春いちばん！の気持ちよさです。榛「hashibami」発売から、いくつかのライブを重ねてまいりました。当初の、坂口由起子with周防義和のユニットで出演したライブではピアノとギターで最善を尽くしたこともあり評判は上々。個人的にはピアノの弾き語りの癖を多く発見したのであります。これには見事に凹み、演奏力のなさに愕然とした時期でもあります。一方、見事にリセットした時期でもあります。自分の欠点を客観的に見たとき、人は立ち上がるんですな。これ、やけくそとも言うらしいですよ。やけくそで体重も2キロ増したころ、春がやってきました。そして春、開け放した窓に風が入ってくるように「山ちゃん」こと、bass:山浦タケヒコ氏がサポートメンバーとして加入。「坂口由起子ダダルカ」誕生となったわけです。このユニットの聴き所はたくさんあると思います。当然ですが、CDアレンジとLiveアレンジは違っているのですが、Piano,Guiter,Bassという構成は新しく、個性的です。リハーサルをするたびに体に馴染み、「繰り返されては生まれ続けている」感じ。個性が本物になる時に通過する独特の違和感が、新しい感性になってゆくことを、作品を作る上で経験しているので迷いはありません。迷わない、揺るがない気持ちの底には、音楽に対する信頼があります。ダダルカの個性が完成するには、この気持ちが重要で、お湯を注げば出来上がる即席ではなし得ない「信頼」シンガーソングライターとして求めているのは、即席ではなくて根を張ること。田舎暮らしのスロゥな時の流れは音楽を生きることと同化する作用があるようですね。待つことの楽しみ。音のない休符に歌う。相手の音を聴き、飛び込む、寄り添う、支える。自分の音の中に、迷わず飛び込んでくる音、ユニゾンで寄り添う瞬間、歌を支えるグルーヴ。すべて音楽の中のスロゥな感覚。スロゥ=癒しとは限らず、スロゥの中のスリルや高揚感も表現してみる。弾き語りシンガーソングライターの私に多く求められる癒しの世界と、作家としては挑戦してみたいけれど諦めていたものが、榛「hashibami」をきっかけにしてダダルカへと変貌している真っ最中。そして、さらに、シンガーソングライターの欲望は尽きることはありません（笑）</description>
      <pubDate>Thu, 01 May 2008 11:41:56 +0900</pubDate>
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      <title>「榛 hashibami」記念日</title>
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      <description>「榛」とはヘーゼルナッツの木です。そしてヘーゼルナッツは9年目に実を付けると言われています。長野に住んで8年目の今年、そして来年は9年目。そういうことを歌おうと思ったわけではないのです。それに気が付いたのは、「榛 -9年目の奇跡-」が完成間近のころで、偶然だなぁと思いはしても驚きはなかった。歌はできるタイミングがやってこれば、出来るもの。あー、そうか、「榛 hashibami」という歌ができる時がやってきたんだなと、そんなふうに思ってました。「榛 hashibami」に限らず、ほとんどの歌に不思議なことが起きるのは後々になってからで、その不思議さに私は立ち止まることなく、いつも見過ごしてきました。いつも目の前にある急ぎの用事が、不思議さを遮ってしまっていて、気になるなぁー、と思いはしても重要か？と問えば、それほど重要でない気がしていたからです。その”不思議”とは、歌をつくった私が時間を経て、その歌を”受け取る”という現象。客観的に聴けるようになる、とは違う意味を受け取る。歌が出来上がった時の高揚から覚めて、血肉に馴染んだころソレはやってきて、私は確かに受け取る。私が感じ歌った思いと、受け取る人が感じる世界は同じじゃないのだなと、そんな単純なことが、すごくリアルにわかる。そんな当たり前のことがわかったときに、私は嬉しくて興奮する（笑）言葉には魂が宿ってるんぢゃなかろーかと。私は受け取って始めて自分の歌が腑に落ちる。なので、私はその時を待つ。「榛 hashibami」の9年間が実を付けるとは、腑に落ちるってことなんじゃないのかな。そんな事を思いながら「榛 hashibami」記念日の2008.2.29！ちなみに、”にんにくの日”らしいですが。そして写真は、「榛 hashibami」のチームyukkoジャケ写真部隊！左から、スタイリストの池田桂子さん、ユッコ、エグゼクティブプロデューサーken氏、写真家の金井真一さんです。</description>
      <pubDate>Fri, 29 Feb 2008 19:19:18 +0900</pubDate>
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      <title>大丈夫！</title>
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      <description>みなさま、お久しぶりでございます。お元気でお過ごしでしょうか。大雪が降った後の雪かきは体力を消耗しますが、除雪された道を歩く時、車で走る時、その有り難さを感じるのです。長野で暮らすようになって最初の冬に大雪が降りましてね、通学路を始め、地域で割り当てられている除雪作業に協力的な地域住民の姿にちょっと感動したわけです。もちろん、作業に出てこられない人もいるわけですが、そんなことはひとつも話題にならず作業する姿。そんな姿を見ているからでしょうか・・横断歩道を渡る子どもたちの列から、「ありがとうございます」という声と渡り終えた時のお辞儀も印象的な姿でした。先日、子育て真っ最中のお母さんたちの会で歌うイベントがありました。私の弾き語りの曲の中から、私が”現役子育て真っ最中”の頃の歌を選んで。その頃の「歌いたいことがある」という使命感が残る歌の、その中から純粋なエッセンスを選び、歌いたいと思っていました。穏やかな会場の、後ろでは幼い子どもたちの笑い声、時に泣き声。お母さんスタッフからは、その声が私の歌を邪魔してしまう可能性があることを打ち合わせの段階で伝えられていましたが、それは意外にも、私の歌に馴染んでいました（笑）お母さんたちを中心としたライブを何年も続けてきた私の、子どもたちといる暮らしの中から生まれた歌が、子どもたちのどんな声にも合わないわけがないよな、そう実感しながら歌ったのでした。今でこそ、「歌いたいことがある」などという使命感はなく、否、そう思う自分から開放された自由な思いと、分類に抵抗する私、そのことが創ることの原点になり始めているように感じるのですが。その私の歌を、お母さんたちの真摯な眼差しが取り囲みます。その時に、使命感から出来た歌だと思い込んでいたメロディの、言葉の、そして強くて優しい響きがが残る声のトーンが、過去と未来を繋ぐように響いてきます。放漫になりすぎた自分を垣間みた気分です。あの頃の私とは違う、そんな今の私などあり得ない。子育てという経験の中で感じる恐れは、尊い命に向かい合う恐れ。この世界にはびこる様々な問題を見聞きするたびに現れる恐れ。そして個としての「私」を見失う恐れ。私はそれを歌にして伝えたかったんだと思う。「大丈夫よ」と。何故、あの頃の私は”大丈夫”と言えたのでしょう。「ダンディライオン」という曲の中では、”太陽の光は誰にでもある”とか、冬の日のロゼットの姿を”冬に咲く月のような花”、と歌っています。豊かな自然の中で暮らしていたわけではなかったけれど、それでも目線はいつも自然に向けていました。そして「大丈夫」と感じていたのでしょう。そして2/29に発売になるアルバム「榛 hashibami」では、もう一歩踏み込んだ歌になって、「大丈夫」の許容量の大きさが広がっているような気がします。私は何処へゆくのでしょうか（笑）どこへ向かっているのか迷子になりそうな自分が時々不安になりますが、でも何故か「大丈夫」なんだよなぁ（笑）★★★★★★CD「榛 hashibami」11曲入り。2008.2.29発売！</description>
      <pubDate>Mon, 11 Feb 2008 11:05:42 +0900</pubDate>
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      <title>Yukko プロフィール</title>
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      <description>岐阜県出身。第27ヤマハポピュラーソングコンテスト中部北陸大会でヤマハ会賞を受賞する。（曲：『雨の時』）以後、岐阜県と愛知県を中心にライブ活動を続ける。1997年には幼稚園の交通安全キャンペーンソング”おそらにしんごうかけたかな”を制作。1999年ファーストアルバム「Peace One Peace」を自主制作（完売）。2000年からは活動を長野に移しライブ活動を続ける。1999年〜2001年は元H2O赤塩正樹氏のウォーターランド・ミュージック所属アーティストとして地元イベントに出演する他、2000年赤塩正樹氏作・編曲・プロデュースによる雑貨ショップ”アベニュー”のテーマソング「私をみつけて」に作詞、ボーカルで参加。 その後、シンガーソングライターとして独自にライブ活動を開始。コミュニティテレビこもろ制作番組のエンディングに古里をテーマにした「でこぼこ道」が起用される他、地元FMさくだいらにて公開ライブ特番”yukko Live”をOn Air、好評となる。2005年にはジェンベとのユニット「ユッコと矢嶋リョウ」でCD[yellow]を発表。同年「ふたりのココロが離れそうな時」で軽井沢ラブソングアウォードにてベスト・オブ・ベスト賞受賞。翌年、軽井沢大賀ホールにて軽井沢教育委員会主催「軽井沢町男女共同参画フォーラム」にて蓼科高校ジャズクラブとジョイントコンサート。2007年テレビ朝日系スペシャルドラマ「めぞん一刻」の音楽にVoiceで参加。現在は、作・編曲家であり1997年日本アカデミー賞最優秀音楽賞受賞、2008年日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞の周防義和氏とCD「榛 hashibami」制作。2008年2月29日発売。現在　東御市在住。</description>
      <pubDate>Fri, 25 Jan 2008 16:54:06 +0900</pubDate>
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      <title>歌い始めたのは、いつだったかな。</title>
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      <description>歌い始めたのは、いつだったかな。学校では全校集会で校歌を弾く。卒業式には螢の光を弾き、音楽の授業では歌や笛の伴奏で、朝会でも伴奏した。私はいつ歌い始めたのかな。人に混ざって歌う時には、私の声に居場所が見つからない。居場所を見つけたのは、ジャズピアノの教室だった。それから歌はいくつも住処を点々としながら、余分なものははがれ落ちて、歌と私がよじれていた。今年、私に巡ってきたCD制作の時。周防氏のアレンジで、よじれていた私と歌が縦糸と横糸になって模様が出来上がった。私も初めて出会うyukkoという模様を見るにつけ、驚き続けた。素直さや従順さはとうの昔に置いてきて、歌い続けた時間だけは十分な私である。その堅くよじれていた糸を解くことは決められた人の成せる能力だと知ることになった。それは「Dragon Eyes」という最初の作品の時。木々の葉が落ち、赤いナツメの実が一層赤く熟れて、赤色は薄青の空に調和することなく存在を示していた。動かず存在を示すというスタンスと”調和せず”と”熟れた実”も私とどこか似ていて、ならば歌になると思ったのが始まり。私は家庭の主婦でいながらそこに収まらず、調和も期待できずな自分の未来にバラ色を予感していなかったに違いない。その自分と赤い実の存在に、私というシンガーソングライターが激しく葛藤しながらも今に目を向けた作品である。架空の生き物「Dragonの目」また「Dragonの合図」も含んで歌をつくり終えた。歌が、堅くよじれた糸がひとつの秩序を保っていたことがわかればシンガーソングライターは作品を創り終えた時に満ち足りる。しかし周防氏の編曲で、私の満ち足りた時間はすぐに終わってしまった。糸の束を縦糸と横糸で織り込み、Dragon Eyesという布が出来上がってきた時だ。その時に、布を形あるものにするという次のステップを与えられた。今回のCD制作とは、そういうことだ。そしてどの作品も、周防氏によって織られた模様に私は惹き付けられ驚かされた。不思議なことに、堅くよじれていた糸までもが、愛おしく思えていたりする。そう、”歌いはじめたのはいつだったかな”と振り返り、無駄ではなかったと思えるようになっていたのだ。波乱の人生までもがそう思えるようになっていたオマケ付きで（笑）こんな私、今いちばん興味のあるのは”自分”です。</description>
      <pubDate>Wed, 14 Nov 2007 14:36:39 +0900</pubDate>
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      <title>癒しの雷さま</title>
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      <description>蝉の声、今年の8月はあまり聞かなかったな。聞こえている時には「うるさい・・」と思っていたはずなのに、聞こえなくなった今頃になって、懐かしむ。ここ数日の涼しさで、短かった夏を思い出そうとする余裕ができたのか。それは素足に靴下を履いた時にも、出しっ放しのサンダルを下駄箱にしまう時にも、夏野菜が盛ってあるカゴの底が見えた時にも、やってくる。猛暑の夏、”東向きの窓を開けるのは午後4時を過ぎてから”と決めた。4時を回るころ、北東の山の上空に灰色の雲が出てくる。蒸し暑い夏の”癒しの神さま”、雷さまのお出ましだ。今年は音だけの雷さまで、ざあざあ降りの雨日など数えるほどだった。それでも4時を回ると、灰色の雲下からやってきた冷たい風が東の窓から入ってくる。4時以降に吹く冷たい風は、癒しの神さま、雷さま。家の中の空気と埃と、ついでに猫の毛まで巻き上げ、ついには部屋の隅やソファの下に丁寧に盛られたそれらの束（汗）雷さまの自宅訪問だ。空での風貌とは違い、静かで楚々としていながら仕事は早い。そして、空気の読めるヤツである。その証拠にさらりと四隅に盛った埃・・嫌みに感じない。冷たい風のおかげで、私はやっと1日の終わりに向けてやるべきことに集中できた。光った！と思うと、遠くでゴロゴロと鳴り、運良く一瞬の稲妻を見た時には、騒いだり驚いたりするのを楽しんでもいた。息をのむような一瞬の感覚が自然の中にあることを、雷様は都会でも田舎でも感じさせてくれるなあ、ほんとに。”雷おやじ”とはよく言ったもので、「こらっ！」と叱られる時の、あの一瞬と似てる（笑）1日の終わりに、「こらっ！」と叱られるのも、私は嫌じゃない。でも、年頃の子どもに母親が小言を言ったところで右の耳から左の耳。突き抜けて手応えがないどころか、八方塞がりのトンネルに迷いこんだみたいだ。「母親の役割ってなんだろうね」と、幼なじみの親友に聞いたら、「美味しいものを作ってあげることじゃないかな」と・・そ、そんな簡単すぎやしないか。疑問に思いながらもやってみると、フムフムまんざら間違ってもいない。多感な年頃の子どもを抱えるおかあさん、困った時はまず”美味しいもの”ですぞ。じゃあ、子どもが大きくなって父親の役割ってなんだろう。父性ってなんだろう。私にはあまりよくわからない。”雷おやじ”と父性は相通じるところがあると、私は思う。遠いところで一瞬光り、大きな轟を響かせる。それは一瞬。なのに、その後に流れ込む空気の美しいこと。父性の美しさは、強さを兼ね備えてこそ美しい。どこかにいるのだろうか、”雷おやじ”に出会いたいと思うのは変だろうか。「日本最初のホームページ」1992年9月30日に発信されたそうですが、ほぉ、ほぉ・・と見た。何より9月のコラムなので紹介したい。雑学自慢の種にして下さい（笑）日本最初のホームページhttp://www.ibarakiken.gr.jp/www/Nikon Small Worldとっても、とーってもキュートde美しいーっ！”GALLERIES”へLet&#039;s go！Nikon Small World - Photomicrography Competitionhttp://www.nikonsmallworld.com/index.php</description>
      <pubDate>Wed, 05 Sep 2007 07:43:40 +0900</pubDate>
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      <title>東京で思ふ田舎暮らし＆祝！みどり豆スタジオデビュー！ No2</title>
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      <description>さて、第2回目は写真家の中川隆さんの写真展に行くの巻！新宿駅から徒歩10分の場所にあるのペンタックスフォーラムへ向かう。ビジネスマン歩き（早歩き）で向かったものだから、息が切れる。おまけに始めて行くビルできょろきょろと場所を探していたら、あちらこちらに張っている？警備員の視線をもろに受けて、よけいに心臓がばくばくした。もぉ、ますます怪しまれるじゃないの、自分。落ち着け、落ち着けと呪文のように唱えて、駆け足で下りのエレベーターに乗る。この日は上田市の写真家、中川隆さんと妻佳子さんの世界旅行の足跡を文章と写真にまとめた「夫婦で30年間　地球冒険13周半の旅」の出版イベントである。中川夫妻とは数年前に知人の紹介でお会いしてからお宅にも数回伺った。年賀状や出版のお知らせには、奥さまの一言が添えてあり、それはご無沙汰している時間を瞬時に縮めてしまう魔法の一言。30代の頃から車で世界中を旅する写真家の中川隆さんと奥様の佳子さん。私が持っている写真集は二冊。一冊は自宅に伺ったときに頂いた。二冊めは色彩豊かな民族衣装の女性と自然美の調和した写真。今も自宅に居ながらにして、中川さんが美しいと感じる瞬間を私に見せてくれて、息をのむような瞬間にまで私を立ち会わせてくれている。エジプトのピラミッドの写真などは、現在の観光地化される以前のものとして貴重な写真でもあるのだ。そして夫婦として歩んできた何十年という旅の写真は、これから先の”私たち夫婦”という歩みに言葉でなく、写真で語りかける。中川夫妻の絆の深さがこの冒険の旅を抜きにしてはあり得ないのだという事を感じている私は、中川夫妻を時々思い出して訪ねたいと思うようになっていた。久しぶりの対面のはずが、やはり時間を感じさせない中川夫妻。展示された写真の中で記憶に鮮明に残った写真が、佳子さんの話と共に今も心を響かせている。旅の途中の、（物に不自由のないことが豊かだと思っている人から見れば）経済的に貧しい人々との出会い。中川さんの写真の人々は”色彩”と”笑顔”が鮮やかで、私は思う。「幸せ？」この村では例年になく雨が降らず、水が不足して食べ物もない・・確か、佳子さんの説明はそんなふうだった。佳子さんが用意した、紅茶に砂糖を入れた飲み物とビスケットを前に、空腹の子どもたちは、それでも顔を見合わせてきょとんとしている写真である。誰かが最初に手をつけるのを待っている。「あるある、子どもってそうなのよねー」佳子さんの眼差しが、過去に出会った子どもたちに向けられるとき。箱をテーブル代わりに、砂地にお行儀よく座る子どもたちを見つめる。置かれた厳しい現実と、心を満たす”おやつ”中川さんがどんな気持ちでシャッターをきったか・・「子どもたちの幸せ」を願ったに違いない。母親には”始めてのシャンプー”のプレゼントだ。「最初は恐る恐るだったけれど、後でどう？って聞いたら気持ちよかったって」帰り際に砂糖を手渡すと、感謝の気持ちで踊りだす村人たちに、夫妻は感激のあまり、写真を撮ることを忘れてしまったらしい。車に積めるものは限られている上に、自分たちの命を支える物資にも限りある状況での事だと、想像してみてほしい。お金が人も世界も動かしている中で、たったひとりの個人が限りあるものを分け与える。「愛と祈り」それ意外にないと思った。そして佳子さんが行く先々で、子どもたちにプレゼントするのは手作りのブレスレット。「簡単なものなのよ」と、さらりと言ってのける佳子さんからは同情や正義は感じられない。異国で日焼けした写真の佳子さんはたくましく見える。その写真がどこで撮られたものなのか忘れてしまったけれど、とにかく佳子さん自身も世界を旅しながらこんなに貧しい村は経験がない村での話。子どもの腕にブレスレットをつけるとノミが佳子さんへと移動して、その後は身体が痒くて仕方ないのだと言う。二番目に並んだ子どもが眩しそうに、顔を歪めてカメラを見ていた。「この子はね、昨日作って渡したの。だけど無くしちゃったと言うのね。だけどね、私は一度しか作ったりはしないのよ。だって、人からの贈り物はどんなものより大切なものでしょう？私は旅をしながら、人々から頂いたものは宝物だと感じているから。作ってあげたくても、この子の為にはそれはしない」子どもたちが喜ぶ棒付きキャンディをプレゼントした村では、親たちがおお喜び。お礼のメロンで車一杯になってしまったそうだ。子どもに手をさしのべると、子どもは笑顔を振りまく。そして親たちは、その笑顔こそが幸せなのだ。平和の輪が、砂漠から小さな芽を出しているなんて誰が思う？車がひっくり返っていたり、それが砂漠のど真ん中だったり。命を狙われた出来事をもさらりと語ります。私は日本に住み、話を聞いて恐怖を感じ、夫妻は冒険の楽しさを味わい見て来た。この差は大きいっす・・ぐるりと見回すと、中川さんの写真は困難にピントを合わせていなかった。砂漠の自然が創り出す砂の線は幻想的な美しさだし、”どうにでもなれっ！”とばかりに往生際よくひっくり返る車は・・潔い。人生も暮らしも、困難なことはごろごろと転がっているもの。その人に経験のないことは恐怖になる。困難にピントを合わせない生き方は人生をユニークにしてくれる。いわゆる、みんな冒険家（笑）私はこれから録音スタジオに入るけれど、経験のないことに不安はあって然り。中川さんが世界に出る前の旅の下積みがあるように、私にもシンガーソングライターとしての下積みがある。自分のところにやってくる楽しみも苦しみも全ては乗り越えられるからやってくる。中川さんの写真のように、潔くひっくりかえるもよし。でも絶対に不安と恐怖にピントは合わせない。話をしていたら12時半。予定の恵比寿のカフェにそろそろ行かねば・・というわけでペンタックスフォーラムを後にした。オフィス街の昼食時、サラリーマンとOLの間に紛れて駅に向かう。この後、待っているスタジオ録音。恐怖と不安にピントを合わさなければ、今回のVoiceのお仕事は私の冒険。今日という日、冒険に出かけよう！！朗報です！中川さんの「旅の途上」という連載が週刊上田で始まります。7月7日号からスタートです！！</description>
      <pubDate>Mon, 02 Jul 2007 18:44:40 +0900</pubDate>
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      <title>東京で思ふ田舎暮らし＆祝！みどり豆スタジオデビュー！</title>
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      <description>少し前なら、asama-de.comさんも試運転だったから、コラムは好きな時に好きなテーマで書かせてもらってましたが、最近は訪問者数も1日1300！もう少しガンバって更新せねば。みどり豆は4月の東京行きから、GWを過ぎて・・・頭をぐるぐると駆け巡る「めぞん一刻」。自分のサイトでもトップに周防義和氏とニッコリと笑うみどり豆で飾ってみた。東信の、この田舎で暮らして8年、歌は20年。スタジオでの録音は初体験の”プロの現場で頑張る田舎で暮らしてるみどり豆”である。タイトルだけ見ると妙に痛々しいな・・まっ、それもいいか（笑）4月19日向かった先は”SUNRISE STUDIO TOWERSIDE”5月12日テレ朝で9時からの二時間半スペシャルドラマ「めぞん一刻」の音楽プロデューサー周防義和氏の作品にVoiceで参加するための、スタジオ録音である。4時からの録音だから、30分前にはスタジオ入りするようにすればいいとして・・行きたい場所はいくつかある。行った場所で思ったこと、考えたことなど、歌のことなど数回に分けて書いていこうと思う。興味のある”部分取り”で構わないので是非読んでね。スタジオは東京タワーのすぐ真ん前。迷えば「東京タワーに行きたいんですけど」でほぼ大丈夫である。数日前、ミュージシャンをマネージメントする事務所の方から、スタジオの地図、地下鉄の乗り合わせなど、サポートをしてもらい、田舎から出て行く不安も感じることなく、長野駅に行くようなつもりで出かけることができた。周防氏からも地下鉄の乗り合わせや、駅からの道もサポートしてもらい、鬼に金棒状態。そして、当日の朝には周防氏の奥さまから、東京での待ち時間をご一緒しましょうか、とメールが届く（涙）神さまぁ、これを愛と呼ばずして、何を愛ってゆーの！？たくさんの愛に包まれながら、ラブコメディの「めぞん一刻」の音楽にVoiceで参加とは、自分史を語るとしたら申し分なく、この上ない事ぢゃないか・・・くすん。注）「愛に包まれるだの、なんだの勝手にやってれば」と思う方もおいででしょうが、コヤツは「はいはい、ではお言葉に甘えて」の心境なので、この際ほっといてやってください。そして愛に包まれて新宿に着くと、やはり愛の写真家（もーいいですってば・・）の中川隆さんの出版記念と写真展の会場になっているベンタックスフォーラムへと行く。お昼近くまで写真を観ながら、旅の話をたくさん聞かせて頂いた。始めてのスタジオ録音の不安と緊張がほぐれて、代わりに勇気と感動で胸がいっぱいになった。そして、地下鉄に乗って恵比寿のカフェへと向かう。混雑する駅は随分とご無沙汰の光景ではあったけれど、名古屋にいたころの雑踏を思い出すのか、ふしぎと居心地のよいもの。愛知県にいた頃は友だちもたくさんいて、細く長く繋がっていることが居心地よかった頃だ。複雑に絡み合う事がなく、それぞれがその人の足で立っているなら、それを正義や道徳で捉えたり裁いたりしない関係があったころの居心地のよさ。その心地よさが、東京の雑踏で蘇ってきた。人と関わり繋がるためには、まず自分の足で地面を踏みしめていないといけないと学んだ最初である。「今の自分、だいじょうぶ？」と問いかけて・・恵比寿駅着。カフェで遅めのお昼をゆっくり食べてスタジオに向かう。4月、お天気のよい日の東京は暑いだろうと薄着で出かけけれど、ビルの間の風は冷たいし強いしで、OLは結構な厚着だ。かといって、陽当たりのよさそうな歩道を選んで歩いたら汗ばむ始末。人の流れは東京タワーに向かっていて、大きな交差点を曲がると目の前に現れた、デカイ、デカイっ、でっかい東京タワー！地図で確認してスタジオに到着。プロ御用達だからなのか、それともオシャレな雰囲気なのか、看板はない。田舎ではひっそりとした看板は”おしゃれ”ですが、ここはドアに目立たぬ”SUNRISE STUDIO TOWERSIDE”の文字だ。駐車場にギターケースを置いてタバコを吸いながら電話してる人もいて、どうやらここはプロの現場と見た！プロの匂いがするっ！ここは仕事場なのだと、ドアの前で「よっしゃ！」と気合いをいれて、思いっきりドアを開けて入る。やっぱり。プロ御用達、空気が違う。指定されたスタジオでは、弦楽の録音が始まっていた。周防氏がミキシングルームで指示を出していた。テレビ関係者の方と軽く挨拶をしてソファに座り、この後の歌入れを待つ。用意された譜面に目を通しながら、弦楽の生演奏を聴き、同時に周防氏の指示を何度も思い出す。私の立っているこの場所は、遠い昔に夢見た場所だったのかも。漠然としていた”やりたいこと”は”プロの現場”に立てるまで歌い続けること。ところが、いくつかの挫折とたくさんの失敗を繰り返しながら、結婚し育児に時間を費やし、気がつけば志した夢からは遠くかけ離れてしまったなぁと思っていた。感情に悲しさを帯びないのは単に、歌い続けたことと、作り続けたという充足感があるから。それと、田舎で暮らして、傷ついた心を満たしてくれた友だちと家族と自然にも出会えたから。そして今、私は私の声を全国の人に聴いてもらえる時に、立っている。田舎にいても、都会で暮らしていても、自分が求めてやまない気持ちと好きなことからは離れてはいけないんだと知った。私はずっと音楽が好きで生きてきた。”歌では生活できない”ということと”歌が好き”は全く別のことで、どちらが大切かと言えば”歌が好き”ということだ。”私は歌う”と決めたら、続ければいい。天秤に、歌うことの反対側に乗せるものはひとつもなかったのだ。歌うことは、それ自体が天秤であるということがわかれば、やるべき事と釣り合いを探すだけのこと。どう釣り合わすのかは、その人の人生ってわけでいいぢゃん（笑）弦楽の録音が終わり、マイクのセッティングが始まる。広いスタジオにひとり立っていると、気持ちはイメージを捉え始める。弦楽のイントロが流れると、そのイメージの中に自分が入ってゆくのがわかる。緊張とはほど遠い優しいメロディの、温かい弦の響き。作曲家・周防義和氏の指示を思い出す。それは、歌い上げないこと。伊東美咲さんが演じる「音無響子」のイメージである。30分程で録音が終わる。ドラマ「めぞん一刻」では響子が五代にケーキを差し入れするシーンでも流れる曲でしたが、この日、ものすごーく美味しいケーキの差し入れが！淡いピンクの桜のケーキを美味しく頂き、ブログ用の写真にと周防氏と並んだ写真を撮った。スタジオを出ると東京タワーというデカイ看板を目印にして、駅の方角へと歩く。そして、夢を見るだけの頃から挫折した頃、傷ついた頃から立ち直った頃・・私の何もかもを知っているだろう親友に逢うために、千葉に向かう電車に乗った。つづく</description>
      <pubDate>Mon, 14 May 2007 19:06:37 +0900</pubDate>
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