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うたうこと(14) |
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「コミュニティテレビこもろ」制作の番組「紡ぐ〜平成20年健速神社祇園例大祭」で私の「でこぼこ道」が流れます♪ 小諸市のイベントを中心に、番組制作をする地元メディア「コミュニティテレビこもろ」さん。 6〜7年前でしょうか、小諸市のとあるログハウスでのライブイベントがありました。 そこで歌った「でこぼこ道」を、収録のカメラマンが覚えていてくれたところから始まったご縁です。 1000年の歴史をもつ小諸の祇園祭までを、カメラが追い続けるドキュメント番組はお盆に放送されます。 お盆の間、9回放送されるとあれば古里へ帰省する方たちはきっと一度は目にするであろう番組です。 今年はアルバム榛「hashibami」に収録されている「でこぼこ道」が流れるとあって、私もとても楽しみにしています。 でこぼこ道は、田舎へ帰ろうというメッセージを含んだ歌。 初夏。 カキツバタの絵はがきと”元気ですか”の文字。 砂利道、湧き水、青い稲を揺らす夕暮れ時の風。 初夏、町を離れたあの日。 たった一枚のハガキが主人公の古里への扉をノックします。 2コーラス目に初恋のフレーズがあるのですが、 私にとって、初恋と古里の扉は同じ時間軸に存在します。 初恋のフレーズは古里への思いの深さ、そして初恋という名の一瞬の風のごとく吹き去る甘酸っぱいりんごの香りのする風。 田舎に生まれ、田舎で暮らしていると、都会はまるで砂漠の中のオアシス。 砂漠に吹いた風が砂の形を変えるように、変化する町は魅力的です。 洗練されたそれらを羨望のまなざしで眺めながら、いつの間にか慣れ親しんでゆく都会。 高いビルディングの中で行き交う人や物は都会という名の模様になって、 いつか自分もその模様に埋め込まれたいと、思ったものです。 都会の模様に慣れ親しんだころ、「古里」の響きが妙にみずみずしく生き生きと感じられる日がやってきます。 湧き水のように溢れてくる「古里」への思い。 りんごの香り。 落ち込み、這い上がり、鼻水垂らして泣いて、少しばかり立ち直ったと油断したところを転んで・・。 だから古里へ帰ろう!というような事を歌いたかったわけではありません。 普通に生活している人の、 もともと心に流れていた古里の川の流れを、一枚のハガキが呼び起こす時なのであって。 古里は固定された場所ではないのかもしれません。 ある時は川の流れのように留まることのないものであってもいいと思います。 古里は遠いと感じる人へ、そして心の拠り所としての古里を探している人へ、古里と同じくらい大切な人へ、 「でこぼこ道」が、あなたの古里へ続く扉をノックできたら嬉しいです。 /////////////////////////////////////////////////////////////////////// 番組名:「紡ぐ〜平成20年健速神社祇園例大祭」 放送日:8月13日(水) 18時30分〜 再放送:8月13日(水) 20時30分〜、23時〜 14日(木) 6時30分・8時30分・10時30分・12時30分・14時30分・16時30分 http://www.ctk23.ne.jp/ |
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「キャンドルナイト」は「アースデイ」と共に全国的にひろがり、 テレビのニュースでも取り上げられるほどです。 一番最初に始めた人たちは今になってどんなことを思っているのかな。 ふと、そんなことを考えたりします。 私が初めてキャンドルの灯りに惹かれたのは、 フィンランド人の及川リーッタさんと出会った時です。 手作りのキャンドルの灯りをじっと見ているだけで、優しい気分になります。 その灯りに映し出された家族や友達の顔はとても柔らかな表情で、 言葉や仕草まで、いつもと違ってくるような感じ。 今年は映画「六ヶ所村ラブソディー」を観たこともあって、 キャンドルナイトは特別な気がします。 私はこの映画を観る前も、観た後も、電気を使わない生活を求めているわけではありません。 電気がなければ無理に決まってる・・と開き直ってもいません。 今、出来ることは何か、です。 私に出来ること、家族で出来ること、地域でできること、仲間でできること。 物事にはいいと思うことでも、その反面にはマイナス部分もあるものです。 良いことだと信じて、半ば強引に話をした後で、相手の反応に「しまった」と感じたことはありませんか?私は経験があります。 私のキャンドルナイトのイロハは、 イ)キャンドルナイトは、夕食に使う電気やガスを止めて、むぎ草さんでいただきます。 ロ)電気を消して家を出て、むぎ草さんで和ろうそくで過ごします。 ハ)その日の出会いに感謝します。 エコや環境をアピールするライブというよりは、 リーッタさんのログハウスで感じた、あの柔らかな時間を過ごすことの方が、 人の心に灯す炎は大きいと思うのです。 歌う自分が言うのも何ですが、キャンドルナイトに言葉は必要ないと思うのです。 |
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カテゴリ: プロフィール :
岐阜県出身。 第27ヤマハポピュラーソングコンテスト中部北陸大会でヤマハ会賞を受賞する。(曲:『雨の時』) 以後、岐阜県と愛知県を中心にライブ活動を続ける。1997年には幼稚園の交通安全キャンペーンソング”おそらにしんごうかけたかな”を制作。1999年ファーストアルバム「Peace One Peace」を自主制作(完売)。2000年からは活動を長野に移しライブ活動を続ける。1999年〜2001年は元H2O赤塩正樹氏のウォーターランド・ミュージック所属アーティストとして地元イベントに出演する他、2000年赤塩正樹氏作・編曲・プロデュースによる雑貨ショップ”アベニュー”のテーマソング「私をみつけて」に作詞、ボーカルで参加。 その後、シンガーソングライターとして独自にライブ活動を開始。コミュニティテレビこもろ制作番組のエンディングに古里をテーマにした「でこぼこ道」が起用される他、地元FMさくだいらにて公開ライブ特番”yukko Live”をOn Air、好評となる。 2005年にはジェンベとのユニット「ユッコと矢嶋リョウ」でCD[yellow]を発表。同年「ふたりのココロが離れそうな時」で軽井沢ラブソングアウォードにてベスト・オブ・ベスト賞受賞。翌年、軽井沢大賀ホールにて軽井沢教育委員会主催「軽井沢町男女共同参画フォーラム」にて蓼科高校ジャズクラブとジョイントコンサート。2007年テレビ朝日系スペシャルドラマ「めぞん一刻」の音楽にVoiceで参加。現在は、作・編曲家であり1997年日本アカデミー賞最優秀音楽賞受賞、2008年日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞の周防義和氏とCD「榛 hashibami」制作。2008年2月29日発売。 現在 東御市在住。 |
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歌い始めたのは、いつだったかな。 学校では全校集会で校歌を弾く。 卒業式には螢の光を弾き、音楽の授業では歌や笛の伴奏で、朝会でも伴奏した。 私はいつ歌い始めたのかな。 人に混ざって歌う時には、私の声に居場所が見つからない。 居場所を見つけたのは、ジャズピアノの教室だった。 それから歌はいくつも住処を点々としながら、 余分なものははがれ落ちて、歌と私がよじれていた。 今年、私に巡ってきたCD制作の時。 周防氏のアレンジで、よじれていた私と歌が縦糸と横糸になって模様が出来上がった。私も初めて出会うyukkoという模様を見るにつけ、驚き続けた。 素直さや従順さはとうの昔に置いてきて、歌い続けた時間だけは十分な私である。 その堅くよじれていた糸を解くことは決められた人の成せる能力だと知ることになった。 それは「Dragon Eyes」という最初の作品の時。 木々の葉が落ち、赤いナツメの実が一層赤く熟れて、 赤色は薄青の空に調和することなく存在を示していた。 動かず存在を示すというスタンスと”調和せず”と”熟れた実”も私とどこか似ていて、ならば歌になると思ったのが始まり。私は家庭の主婦でいながらそこに収まらず、調和も期待できずな自分の未来にバラ色を予感していなかったに違いない。その自分と赤い実の存在に、私というシンガーソングライターが激しく葛藤しながらも今に目を向けた作品である。架空の生き物「Dragonの目」また「Dragonの合図」も含んで歌をつくり終えた。歌が、堅くよじれた糸がひとつの秩序を保っていたことがわかればシンガーソングライターは作品を創り終えた時に満ち足りる。 しかし周防氏の編曲で、私の満ち足りた時間はすぐに終わってしまった。 糸の束を縦糸と横糸で織り込み、Dragon Eyesという布が出来上がってきた時だ。 その時に、布を形あるものにするという次のステップを与えられた。 今回のCD制作とは、そういうことだ。 そしてどの作品も、周防氏によって織られた模様に私は惹き付けられ驚かされた。 不思議なことに、堅くよじれていた糸までもが、愛おしく思えていたりする。 そう、”歌いはじめたのはいつだったかな”と振り返り、 無駄ではなかったと思えるようになっていたのだ。 波乱の人生までもがそう思えるようになっていたオマケ付きで(笑) こんな私、今いちばん興味のあるのは”自分”です。 |
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![]() 蝉の声、今年の8月はあまり聞かなかったな。 聞こえている時には「うるさい・・」と思っていたはずなのに、 聞こえなくなった今頃になって、懐かしむ。 ここ数日の涼しさで、短かった夏を思い出そうとする余裕ができたのか。 それは素足に靴下を履いた時にも、 出しっ放しのサンダルを下駄箱にしまう時にも、 夏野菜が盛ってあるカゴの底が見えた時にも、 やってくる。 猛暑の夏、”東向きの窓を開けるのは午後4時を過ぎてから”と決めた。 4時を回るころ、北東の山の上空に灰色の雲が出てくる。 蒸し暑い夏の”癒しの神さま”、雷さまのお出ましだ。 今年は音だけの雷さまで、ざあざあ降りの雨日など数えるほどだった。 それでも4時を回ると、 灰色の雲下からやってきた冷たい風が東の窓から入ってくる。 4時以降に吹く冷たい風は、癒しの神さま、雷さま。 家の中の空気と埃と、ついでに猫の毛まで巻き上げ、 ついには部屋の隅やソファの下に丁寧に盛られたそれらの束(汗) 雷さまの自宅訪問だ。 空での風貌とは違い、静かで楚々としていながら仕事は早い。 そして、空気の読めるヤツである。 その証拠にさらりと四隅に盛った埃・・嫌みに感じない。 冷たい風のおかげで、 私はやっと1日の終わりに向けてやるべきことに集中できた。 光った!と思うと、遠くでゴロゴロと鳴り、 運良く一瞬の稲妻を見た時には、騒いだり驚いたりするのを楽しんでもいた。 息をのむような一瞬の感覚が自然の中にあることを、 雷様は都会でも田舎でも感じさせてくれるなあ、ほんとに。 ”雷おやじ”とはよく言ったもので、 「こらっ!」と叱られる時の、あの一瞬と似てる(笑) 1日の終わりに、 「こらっ!」と叱られるのも、私は嫌じゃない。 でも、年頃の子どもに母親が小言を言ったところで右の耳から左の耳。 突き抜けて手応えがないどころか、八方塞がりのトンネルに迷いこんだみたいだ。 「母親の役割ってなんだろうね」 と、幼なじみの親友に聞いたら、 「美味しいものを作ってあげることじゃないかな」 と・・そ、そんな簡単すぎやしないか。 疑問に思いながらもやってみると、フムフムまんざら間違ってもいない。 多感な年頃の子どもを抱えるおかあさん、困った時はまず”美味しいもの”ですぞ。 じゃあ、子どもが大きくなって父親の役割ってなんだろう。 父性ってなんだろう。 私にはあまりよくわからない。 ”雷おやじ”と父性は相通じるところがあると、私は思う。 遠いところで一瞬光り、大きな轟を響かせる。 それは一瞬。 なのに、その後に流れ込む空気の美しいこと。 父性の美しさは、強さを兼ね備えてこそ美しい。 どこかにいるのだろうか、 ”雷おやじ”に出会いたいと思うのは変だろうか。 「日本最初のホームページ」 1992年9月30日に発信されたそうですが、ほぉ、ほぉ・・と見た。何より9月のコラムなので紹介したい。雑学自慢の種にして下さい(笑) 日本最初のホームページ http://www.ibarakiken.gr.jp/www/ Nikon Small World とっても、とーってもキュートde美しいーっ!”GALLERIES”へLet's go! Nikon Small World - Photomicrography Competition http://www.nikonsmallworld.com/index.php |
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