右肩下がりの経済学②

成長の限界

環境の許容範囲を超えた結果自滅。地球の未来でないことを願う。

仕事とは何か

立ち止まって考える時間のある特権的な時期を過ぎると、就職という形で社会へ出てゆくことになります。商学部を卒業しながら「お金がお金を生むこと」に納得できない私は、最も商学部らしい就職先である金融、損保などをまず初めに除外、そして当然のことながら原発や公害さらには戦争に関わるものづくり企業にも進めません。当時の私はまだ「経済成長による豊かさ」に懐疑心を抱きつつも、世の中の役に立つものづくりこそが経済の本質との思いも強く、カメラメーカーに2年間勤めてみましたが、このころは既に、良いものさえ作っていれば良かった「倹約が美徳の時代」が終わり、目先を変えながら次々と新製品を出し、どんどん新しいものを買ってもらう、いわゆる、「使い捨ての時代」が始まっていたのです。当時の労働組合の考え方は、仕事は辛いものと諦めた上で、辛い仕事の代償としての賃上げ、そして労働時間の短縮のみが求められていました。レジャーや消費生活を楽しむ事により仕事で満たされない部分の穴埋めをしながら、企業との運命共同体を決め込み、膨らんだ利潤の分け前をおねだりすることが、「現実的な常識」となっていたのです。一日の大半、そして人生の大半を占める仕事の時間が楽しくないと認めることを拒んだ私は、きっと贅沢な人間なのでしょう。再び悩ましい時を過ごすことになりました。

資本主義の無政府性

60年代半ばには冷蔵庫、洗濯機に加え、東京オリンピックを契機にカラーになったテレビ、クーラー、自家用車が普及、日本中が経済成長の豊かさを享受した時代です。このころが、物心共に豊かさを感じた、戦後の一つの到達点だったのかもしれません。それから10年後には早くも短いサイクルで耐久消費財を買い替えさせる「使い捨ての時代」に突入してゆきます。かつて、工作機械のメンテナンスなどを仕事にしていた友人が、町工場の社長さんに「昔は10年もった機械が今は3年で壊れる」とよくお叱りを受けたと聞きました。「今は3交代で機械は24時間動いているのにね」と。生産設備がコンピューター化され、供給力が飛躍的に向上しても、需要が劇的に伸びるということは考えられません。これに見合った需要増の方策としては、車のデザインを丸くしたり、四角くしたりしながら目先を変えて、商品寿命の短命化を図り、ファッション性を取り入れることで「慢性的飢餓状態」を人為的に作り続けながら、グローバリズムの旗を掲げて他国の市場に土足で踏み込む以外に方法がないのです。供給の伸びを需要が吸収できなくなった「使い捨ての時代」に入ると、かつてのように機械の導入による生産性向上の成果のおこぼれにあずかることもままなりません。非正規雇用を増やし、過労死するほど働いた成果は、もっぱら投資家に還元されるのみで、生産性の向上は人々の暮らしを豊かにすることが目的ではなかったことを知るのです。こうした資本主義の無政府性を根本的に変革するべく、生産手段を資本家の手から労働者に奪取し、一定の統制の下での生産活動を想定したマルクス主義経済理論は、当時の圧倒的な供給不足という時代背景から、機械の導入がやがては地球環境を脅かすような過剰な生産力を持ち始めるという事態までは想定することができませんでした。1883年に没したマルクスがもしこの未完の思想を今でも発展継続していたならばどんな解決策を提示しているのでしょうか。「右肩上がりの経済」という常識を誰もが非常識と認識するまで原発はなくならないことを肝に銘じ、21世紀の豊かな社会論を私たち自身が創造していかなければならないのです。

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発酵食品

マクロビオティックのLEVEL1の最初の講義は南智美先生でした。
教室は少し緊張気味で、みんな背筋をぴんと伸ばして南先生の講義を真剣に聞いていました。マクロビオティックを生活の中に取り入れ続けている先生たちの話は、初めて間もない私たちには説得力のあることばかり。

南先生は旦那さんが寺田本家の蔵人の寺田優さん。
旦那さんのレシピは「うかたま」でお馴染みで、酒粕や甘酒を使ったレシピはうちでも定番になっています。
南先生も「うかたま」でレシピを掲載していますが、
その料理本はそれはそれは超ウマ!!

一番新しいところで酒粕のお菓子の本。
私はまだ購入していませんが「うかたま」にいくつか紹介されているので早速作ってみました。”酒粕まんじゅう”と”酒粕クラッカー” 
も〜ウマすぎです!
今は夏野菜がどんどん大きくなり、ワサワサしていますから糟漬けにするでしょ。
大袋から小袋までいろんなメーカーの酒粕がスーパーに並んでいます。
私は地元のスーパーツ○ヤに売ってる オリジナル酒粕(300gで200円くらいのもの)で作ってみましたが美味しいです。
寺田本家の酒粕なら大切な人にプレゼントしたいくらいだっ。
酒粕まんじゅうもそりゃ美味しいさ。
どのくらいかっていうと、包み方さえうまければ駅前で小さな屋台で売れるような勢いウマさです。
贅沢に白小豆を双洗糖で煮た餡を入れました。

夏になると、待ってましたとばかり発酵食品に取りかかります。
傷み始めた桃も捨てずに酵母にします。
最近は少し涼しいので味噌酵母も仕込んでおいてパンを焼きます。
味噌酵母は少しばかり低温でも発酵が早く元気がいいのです。
ほんのり味噌の香りのするパンはカリっと焼いてキュウリやトマトをのせてオリーブオイルと塩こしょう、庭のパセリでいただきます。

こうして粉食が多くなっていくのですが(笑)
全粒粉だったとしても、やはりどこかで玄米を食べることを意識することは忘れていないようで、玄米を粉にしてソースのとろみにしたり、デザートに玄米をつかったりしながら暑い夏を元気で過ごしたいと思っています。

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豆腐チーズ

夏は粉食がぐんと増えるので、それに合わせたおかずが欲しくなります。
穀物のアミノ酸スコアはお米が68でパンは44ってところ。
(アミノ酸スコアとはタンパク質の質の良さを数値にしています)
ご飯のほうがいいと云われる所以はこんなところにもあるんですね。

で、牛乳や魚や卵はというと、100!
私のタンパク源、大豆が86!
時々のパン食に卵ってタンパク質を補うって意味ではいいのかも知れないです。
物の見方はたくさんあるから♪
マクロビオティックの陰陽で見たり、
アミノ酸スコアで見たり、ドイツ式栄養学で見たりと、この世界は飽きない(笑)

今月のマクロビオティック雑誌に、オーガニック生産者たちとマクロビオティックの接点があまりないことが書かれていました。
マクロビオティックを実践しているのは圧倒的に都会の方が多いことは確かです。
私が恵比寿の教室に通っていた時には玄米を食べられるお店やビーガンの食事のできるカフェはたくさんあって困ることなどなかったんです。
田舎ではちょっと大変。その分、自分で作るからいいこともあるんだけど。
これも物の見方です。

じゃあ、オーガニック生産者はどうかというと、動物性堆肥を避けて土作りをしている農家さんが毎日牛乳を欠かさなかったり、すばらしいお米を作っているのに真っ白に精米したお米を食べていたり、援農イベントの後は毎回バーベキューだったり。
もちろん、マクロビオティックと調和した農家さんもいっぱいいると書かれています。
原発、TPPと未来が何だかボヤけてきている今、
私は一つの手段として、物の見方としてマクロビオティックを使いこなして生きたい思ったのでありました。

豆腐チーズはとても簡単だから試してみて下さい。
夏は茹でた豆腐に重しをして水切りします。
豆腐にくるりとカーゼを巻きます。
その上から味噌と醤油を混ぜたものを丁寧に塗って冷蔵庫で2日間。
もっと長くても大丈夫。
濃厚で美味しい豆腐チーズの出来上がり。
サンドイッチにしてもクラッカーにのせてもいいです。
豆腐チーズの上にフルーツをのせてメープルをかけたらデザート!

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今年も滝で禊ぎをしました。

今年、何度目かになる滝行が海の日に小諸市の不動ノ滝でありました。
毎年、伊勢の一宮椿大神社の山本宮司がお見えになっての神事が行われます。
この神事を滝の清掃から当日の手配まで執り行うのは小諸椿会です。

今年の滝も本当に気持ちよい体験となりました。
よみがえりとか再生とか、そういう感覚です。
今年、後半の半分を生き生きと、くよくよせずに前向きに生きることを、
「祓いたまえ、清めたまえ」と唱えました。

清々しい夏の、ある日。
穢れのない境地を保つのはむつかしいけれど、
それでも 「祓いたまえ、清めたまえ」

ありがとうございます。

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暑い日が続きます

朝の涼しいうちに、ひと仕事するのがいいんです。
わかっているけれど、夜は夜で寝苦しいの。
朝方の涼しさに、暑さ続きで知らぬ間にバテ気味な体は「眠りたい」と訴えます。

夏は食欲がなくなります。
きゅうりや果物など水分の多いものばかりです。
体力のなさをひしひしと感じるのは夏。
体力up!させたいと玄米とか食べますが、
体が欲しくない時には口にしないほうがいいときもあります。
そうすると体がとてもらくちん。
お腹はぐぅ〜と鳴りますが、それがとても気持ちいい。
で、充分にお腹が空いたら次の食事はよく噛んで美味しくいただきます。

昨日、小諸のエコビレッジのお祭りの打合せがありました。
今年はシンガーソング・マクロビ菓子屋ということで出店することになりました〜♪
陶芸家の岡本さんを中心にエコビレッジに集まる方たちの話はいつもちょいとした刺激になるのです。

このasama-deブログでも紹介の岡本さん、和久井さんもよくご一緒するのですよ。
この集まりの中で、私はいつも自分の暮らしを見つめることになります。
いつもヒヨッコ感を感じて、軽いショックを受けるんですけど(笑)
理想と現実は違うとか言って自己肯定してみても、その暮らしに惹かれています。
哲学というと難しくなってしまうけれど、
これからの時代に必要な思想と言ったほうがいいかも。
生活者としての目を育む機会として。

昨日はヤギを飼いたいと思っている半田さんと、ヤギを飼い、その乳で子供を育てたという「あかまんま」の小林さんの話は本当におもしろかったです!

昨日は一日中、梅仕事に追われていて疲れていたせいか、話半分みたいなところがあったのですが、今朝になってその暮らしをイメージしてみたら、本当に大切なエッセンスがたくさん詰まっていたことに気が付きました。
どこを切り取って自分の暮らしに役立ていこうか・・

でもまだ間に合うのかしら。

体力、気力どちらも。

私と同じように感じている人がいるのかしら。
岡本さんが今おすすめの「菜園家族」という本があるのですが、
お祭りの時にも販売されるのなら読んでみてほしいと思います。

エコビレッジのお祭りのチラシが出来上がり次第、asama-deに掲載されますよ。
8月17,18日の2日間です。
お見逃しなく!

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八っつぁん逝ってしまう

 

ありし日の加賀八郎 

 

「はっつぁん」ことべーシストの加賀八郎が逝ってしまった。3年前から多発性骨髄腫という難病と闘っていたが7月2日55歳の若さで旅立った。

ハっちゃんはギタリストの野村義男のバックバンドTheGood-byeでアイドルとして活躍、その後実力派ベーシストとして真心ブラザースのサポートなど様々な活動をしていた。僕も岸本一遥、おおたか静流、らとのバンドVoice From Asiaをやっていた頃に一緒にプレイした。岸本一遥のFlying Asian Farmers’ Band にも参加していてライヴを見に行ったことを思い出す。フェンダーベースが似合う8beatのロックに素直にアプローチするいいベーシストだった。ギタリスト野村よっちゃんのお悔やみの言葉も聞かれる。

 

八っちゃんは僕と一緒の東京中目黒の生まれ、っちゅうか、彼の兄の康行君と僕が幼稚園から高校までいっしょした同級生。幼稚園の頃康行君に弟が産まれたんだ、なんていうのをかすかに憶えているので八っちゃんが生まれた時から知っていることになる。

 

アイドルでデビューするくらいだから可愛いルックスで憎めないキャラのいい奴だった。

彼の実家は祐天寺の加賀屋石材店なのでお通夜告別式は祐天寺。僕が通った幼稚園も祐天寺付属幼稚園なので、

久々に祐天寺を訪れることになった。関係者がたくさん集まりすすり泣く、多くの女性たちが目立つ式だった。

 

八っちゃんのブログを見ると6月8日まででその後が記されていない。だいぶ具合が悪くなってしまったのだろう。5月に入院したときからベッドの上からブログを綴っていて、今読み返すと心が痛む。

奥様は漫画家の池沢理美さん。

 

八っちゃん55歳で。

慎んでご冥福をお祈りします。

僕もそっち行ったらセッションしよう!

 

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